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4月, 2014の投稿を表示しています

『全ての装置を知恵に置き換えること』石川直樹著より。

山うどを手に入れた。にがくてクセのある、春のおいしさ。 皮は厚めにむいて、アク抜きするため水に放す。残った部分は、厚めの千切りにして酢水に放ち、水菜と一緒にサラダに。皮は、普通の千切りにして、きんぴらに仕上げた。さらに頭の部分は、炊き込みご飯や天ぷらに使える。つまり、残す部分がなく、すべて使い切れる食材なのだ。 中3女子の棚から拝借して読み始めた本『 全ての装備を知恵に置き換えること 』(石川直樹著)に、このような記述があった。 「... 以前、私と息子が歩いていると、車に轢(ひ)かれた鳥を見つけたんだ。私はその亡骸(なきがら)を家に持ち帰り、皮をはぎ、さばいて料理し、食べた。そしてそのやり方を息子に教えたんだ。さらに、鳥の羽根からフライを作り、作り方も教えた。そのフライを持って川に行き、それで魚を釣って食べたんだよ。私の息子たちはその一連の過程を決して忘れることはないだろう」 これは、アウトドアブランド、パタゴニアの創設者であるイヴォン・シュイナードさんが、冒険家・石川直樹さんに語った言葉である。 全ての装備を知恵に置き換えること (集英社文庫) 石川直樹 著 この本を読む前に、ちょうど山うどを料理していた。鳥の料理方法と山うど、生き物と植物の違いはあるが、すべてを使い切る、捨てるところのなく、ムダなくいただくという共通点。あぁなるほど、生きるための知恵。 実際に体験している人の言葉は、説得力がちがう。読み聞いたことなど、“耳学問”的な知識ではなく、カラダが発する言葉だから。この本はまだ読み終えていないが、イヴォンさんの言葉を超える部分が、まだ出てきていない(ないかもしれない)。むしろ、イヴォンさんの言葉を紹介している冒頭の文章が、強烈に濃く、私に届いてしまったため、すでにこの「はじめに」的なところだけで満足してしまっているのかも。それくらい、ぐっときた。もしかすると、序章的な部分は文庫本のみかもしれないので、ご確認のうえ、ぜひご一読を。

誰にも似ていない、中島みゆき。

今朝、洗濯物を干しながら、中島みゆきの「わかれうた」を流していた。改めて中島みゆきの歌詞のスゴさに、朝からうなっている。 これは、カバーバージョン。 草野マサムネ×平井堅  「わかれうた」 中島みゆきバージョンが見つからなかったということと、金曜日の朝、ラジオで作家・高橋源一郎がこのバージョンを流していたので、どこかにひっかかっていたのかもしれない。 ------------------ 『わかれうた』 途(みち)にたおれて誰かの名を 呼びつづけたことがありますか ひとごとに言うほどたそがれは やさしい人好しじゃありません 〜〜 あなたは憂いを身につけて うかれまちあたりで名をあげる 眠れない私はつれづれに わかれうた今夜もくちずさむ ------------------ 最初から最後まで、すごい。 とにかく絵、というかそのシーンが浮かんでくるような歌詞。 以前見た美術家の会田誠さんのドキュメンタリー(DVD) ≒(ニアイコール)会田誠 ~無気力大陸~[DVD] では、作品制作時に中島みゆきの曲を流していた(本当は、モー娘。を流したかったらしいが)。 さらに会田さん、自身の著書では「中島みゆきさんの勇気に学ぶところが多い」と記している。 カリコリせんとや生まれけむ (幻冬舎文庫) この文庫の「中島みゆきさんの『はじめまして』」という部分です。 以前、歌人の穂村弘さん・作家の川上未映子さん・詩人の小池昌代さん、3人の座談会を聞いたときに、こんな話が出ていた。 椎名林檎は、たしかに面白いけど、本を読んできている印象を受けない(川上未映子さん談)。一方、中島みゆきは本をたくさん読んでいるような気がする。しかし、何に影響を受けたのか、どんな本を読んできたりしているのか、それがまったく、わからない。もし、誰かの影響を受けているのだとしても、それが見えてこない、わかりにくい。中島みゆきは、中島みゆきでしかない。と。 確かにそのとおりだと思う、誰にも似ていないし、これからも真似できない人だと思う。改めて歌詞を読んでみたくて、本を探した。 中島みゆき全歌集 (朝日文庫) 残念ながら、いまもう絶版なのかもしれない。図書館で借りてみよう、解説が谷川俊太郎さんだし。 会田さんのドキュ

明日は新谷さん×今和次郎を終わらせる!

もうずいぶん手がつけられないままの、今和次郎展のまとめ。一緒に汐留のパナソニックへ行ったのは何年前だろう、2年前? 3年前? はっきり覚えていないほど。 明日、一日で片付けてしまおう、必ず。と自分に言い聞かせる。

いい八百屋さんで、料理は変わる。

これらは、最近料理した春の野菜たち。 ●筍を、米ぬかと唐辛子を入れ、ゆっくり茹でて、わさび醤油で。 ●山うどは、厚めに皮をむき、酢水でアク抜きし、 ざっくり千切りにしてサラダで。皮は、水でアク抜きして千切りにして、 きんぴらに変身。 ●ふきは茹でて、筍、油揚げとさっと煮物にした。 ●こごみをさっと茹でて、お醤油をかけたり七味マヨネーズで。 ほかには、せり鍋、そら豆、たらのめ、などなど。 以前は、季節の野菜を手に入れて料理することがあまりなかった。いま、近所に旬の野菜やくだものをずらっと並べている、安くておいしいものばかりの八百屋さんがあり、そこで買い物をすることが増えているから。 広いとはいえない店内には、いつもある野菜とその時期しかないものがずらり。「あ、これ今しかないものだな」とか、「昨日あったのに、今日はないから、もう時期が終わるのかもしれないなあ」など、瞬時にわかる。最近は、パクチーをよく見かけるので、春〜初夏が旬であることもわかった。 スーパーで買物をしていた時にはわからなかった、リアルな旬、その時期だからこそ楽しめる味。そして、なによりスゴいのは、ややこしい味付けをしないくてもよくて、そのままいただいたり、シンプルに茹でるだけで十分おいしい。自分で作る料理の内容が変わったのは、「プロデュース」という八百屋さんのおかげでした。 浜町 と 水天宮前 があり( 新川 にもあるみたい)、打ち合わせの帰りや、浜町公園で小5男児の野球の帰りなどには、だいたい立ち寄ります。お近くにいらっしゃった方は、ぜひ。

喫煙席と、副流煙席。

私は、タバコは吸わない。軽い打ち合わせやお酒の席で、同席の方から「吸ってもいい?」と聞かれたら、「どうぞ」と伝える。それでリラックスするなら、ぜんぜん構わないし。 でも、ひとりで仕事するときは、禁煙席。昨夜、ファミレスの禁煙席で取材の録音を聞き直しながら、原稿をまとめていた。家に戻ると、髪も上着もやはりタバコの臭いがついている。 今朝、上着もストールもすべて洗濯した。 近くのファミレスのなかでは、灯りの状態も眠くなりにくいし、来ている客層もうるさすぎないし、店員さんも悪くない。なので、このお店はたまに利用する。主に、急ぎの仕事があって、夜どうしてもやらなきゃいけない場合のみだが。 どうにかならないだろうか、サイゼリア。完全禁煙でなければ、仕方がないことかもしれないけど。禁煙席というのは、つまり副流煙席、ということ。 横浜市は、ファミレスも全席禁煙の条例ではなかっただろうか。都内も条例までいかないにせよ、スタバのように全席禁煙を打ち出すお店がもっと出てきてくれたら、かなり助かるんだけどなあ。

ふっきれる瞬間って、ほんとにあるんだ。

それは、確実にあると思った。 あるのですね。 それまでの、こだわりみたいなもの、なぜそんなことにチマチマとこだわっていたのだろう。と、ふと、ばからしくなる瞬間。 もう、大丈夫なのかもしれない。そうなると、人はかなり自由。 むしろ、どうでもいいや、みたいな感覚。 失うものなんて、ないわけでして、ね。

散髪と涙

人前で、しかも散髪してもらっている状態で、泣くなんて。発端は、私が田舎へ戻る知人のデザイナーがいる、という話をしたことから。シャンプーしている時に話したのだが、かれこれ15年ぐらいの付き合いになるヘアデザイナーさん、「実は、こんなことを話すつもりはなかったけど」と、淡々と話し始めたわけです。 かれこれ40年以上の東京暮らし。女性ひとりの生活で、体調がここ数年すぐれない。もし倒れてしまったら、だれが見つけてくれるのだろう。家やお店に残ったものの片付けはどうすればいいのか、田舎に残した母のこと、自分の年令、この先の生活不安、などなど、たくさん抱えていることで、ウツな状態がここ何ヶ月も続いていたらしい。 終の住まいを考えたときに、東京でいいのだろうか。これまで、静岡や山梨など、知人が暮らしているところをお泊りしたりして見てきたが、ピンと来ない。もう自分が生まれ育ったところしかないのかもしれない、と。 それ、とてもわかる気がする。私と置かれている状況はちがうが、考えなければいけないことが、とてもかぶる。 何と声をかければいいのか。かぶる部分もたくさんあるし、あれこれ考えていたら、ぽろぽろ泣けてきた。 今年に入って、知人の死も続き、なんだかいろいろありすぎて、心の整理ができない。泣いていられないんだけど、落ち着かない状態で、いささかへこんでいる。

サクラの季節に逝ったひと。

川添 貴氏(かわぞえ・たかし=京都精華大デザイン学部教授、イラストレーション) 3月30日午後8時3分、胃がんのため京都市上京区の病院で死去、48歳。京都府出身。葬儀・告別式は2日午前11時から京都市中京区御池通木屋町東入ル、セレマかもがわホールで。喪主は長男道(たお)氏。 京都精華出身者がまわりに多いので、川添サンともたまに会っていた。いつも遅刻するオトコ。まるで「待たせたなあ」みたいな登場をするヤツだったな。たおくんにも会えないまま、先生になるために京都へ戻っていった。 母校では、生徒に囲まれて忙しくしていたようだった。胃ガンはあとから聞き、てっきりよくなっていたと思っていたら、再発していたらしかった。若すぎるよ。