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歌舞伎ビギナーとしての感想や印象などなど

7月に、とある歌舞伎を観に行くことになったのだが、チラシに書かれている説明文がわからなすぎてまいった。理解しすぎている方が書くと、わかっていてる前提で書いてしまう、という典型的な内容という印象です。理解不足の私がリライトしたほうが、よっぽどわかりやすく説明できそう、そんな感じ。

美術と古典芸能(クラシック・ミュージック含む)は、その印象が特に強いという気がします。あまり理解していない、一般の方へ理解してもらうための内容というより、わかっていることを前提としているとしか思えない。『わかるように伝える』ことを前提としていないジャンルなんでしょう。

私は広告の仕事をしているから、つい「わかりやすく、少なくてもターゲットには理解できる言葉で伝えたい」という気持ちが働いてしまいます。サービス業ですから、当たり前だと思うのですけど、ターゲットをぐぐっと絞った時やあらかじめ理解しているであろうと思われるターゲットを狙う場合は、そうとも限らないのでして。

これ、常に悩ましく思うことのひとつです。
個人的には、わかるようにわかりやすく表現するのが
いいんじゃないかなぁと思うんですけどね。

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