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お弁当、食べるが好きなのか、作るのが好きなのか。
















これは、昨日のもの。
玄米ごはん/めかじきのバジル香草焼き/きゅうりとパプリカ、きのこ・人参の甘酢漬け/さつまいもとツナのサラダ/ひじきと大豆とこんにゃくの煮物



お弁当に対する思いというか、あこがれは、けっこう強い。母の妹、つまり私のおばが、今はなき旦那様へいつもおいしそうなお弁当を作っていた。私の実家は自営業なので、父がお弁当を持参することは、ほとんどなかった。

私が学生のときは、自作でテキトーなものを詰めて学校へ持っていっていた。母の手作りじゃない、理由は自分で作りたかったから。母に作ってもらうのがイヤということじゃなくて、自作したかったから。あと、母がとりわけ忙しかったから、手間をとらせたくなかったということもある。

で、おば作のお弁当。ほんとにおいしそうだったのですよ、これが。色合いもキレイ、魚がメインディッシュ、野菜もたっぷり。私の中の、あこがれ弁当No.1。お弁当に対する思いは、そこから来ていると思う。

だから、おじがなくなったとき、電報でそのお弁当にまつわるお話しを短く送った。弟いわく、お通夜の場が号泣の渦だったとかそうじゃなかったとか。。

いま、私のお昼ごはんはかれこれ半年以上、お弁当を作っている。しかも週末も、なにかとお弁当を作るから、ほぼ毎日何かしら作っているかもしれない。

小さな空間に、色合いやカロリーなどのバランスをぎゅう詰めする感覚、箱庭っぽくてとてもおもしろい。お昼ごはんをコンビニのお弁当で済ませる人は、ちょっと残念だと思う。もちろん、時間がなくてバタバタしている現代人、弁当など作っていられるか!だとは思うが、テキトーなお惣菜を買って、器に少しづつ詰めるだけでも、なかなか楽しいはず。いまは、コンビニでも少量のお惣菜がたくさん売っているし。かなりクリエーティブな作業なので、気分転換にピッタリだと思うのだが。どうでしょう。

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