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いい八百屋さんで、料理は変わる。


これらは、最近料理した春の野菜たち。








●筍を、米ぬかと唐辛子を入れ、ゆっくり茹でて、わさび醤油で。
●山うどは、厚めに皮をむき、酢水でアク抜きし、
ざっくり千切りにしてサラダで。皮は、水でアク抜きして千切りにして、
きんぴらに変身。
●ふきは茹でて、筍、油揚げとさっと煮物にした。
●こごみをさっと茹でて、お醤油をかけたり七味マヨネーズで。

ほかには、せり鍋、そら豆、たらのめ、などなど。

以前は、季節の野菜を手に入れて料理することがあまりなかった。いま、近所に旬の野菜やくだものをずらっと並べている、安くておいしいものばかりの八百屋さんがあり、そこで買い物をすることが増えているから。

広いとはいえない店内には、いつもある野菜とその時期しかないものがずらり。「あ、これ今しかないものだな」とか、「昨日あったのに、今日はないから、もう時期が終わるのかもしれないなあ」など、瞬時にわかる。最近は、パクチーをよく見かけるので、春〜初夏が旬であることもわかった。

スーパーで買物をしていた時にはわからなかった、リアルな旬、その時期だからこそ楽しめる味。そして、なによりスゴいのは、ややこしい味付けをしないくてもよくて、そのままいただいたり、シンプルに茹でるだけで十分おいしい。自分で作る料理の内容が変わったのは、「プロデュース」という八百屋さんのおかげでした。

浜町水天宮前があり(新川にもあるみたい)、打ち合わせの帰りや、浜町公園で小5男児の野球の帰りなどには、だいたい立ち寄ります。お近くにいらっしゃった方は、ぜひ。

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