スキップしてメイン コンテンツに移動

読了「沖縄文化論ー忘れられた日本」岡本太郎著

岡本太郎の本を、初めて読んだ。もちろん美術作品は数々観ているし、東北地方の記録写真も川崎の美術館や昨年の生誕100年回顧展で見ている。沖縄に関する活動は、久高島へ乗り込んだということぐらいの知識だった。

彼は、パリ大学・ソルボンヌで民俗学や社会学などを学んでいる。それもあって、東北や沖縄の土着的なものに、惹かれるのか。

沖縄の印象が、 とても近いものを感じる。歴史や基地の問題など、いまだに山積み。でも、行ってみると、拍子抜けするような、ない感覚。ないが「ある」、と簡単に言えない不思議な感覚。私は昨年、沖縄へ初めて行った。ガイドブックも見ずに。持参した本は、宮本常一の「忘れられた日本人」(岩波文庫)など。でも岡本太郎のこれは、東京に戻ってから読むつもりで、あえて持って行かなかった。正解だった。あの地で読んでいたら、自分の純粋な感覚が持てなかった気がする。ガイドブックも見なかったのも、よかった。だから、この岡本太郎の書いた文章が、いっそうじんわりしみてくる。この写真は、道端の一コマ。たぶん、お墓じゃないだろうか。そう思って、収めた一枚。



コメント

このブログの人気の投稿

作家に必要なのは、健全な肉体に宿る不健全な魂。村上春樹

 これは、 「夢を観るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集 1997年ー2009年」村上春樹(文藝春秋)の中の言葉。 ( 2011年6月に行われた最新インタビューのオリジナル収録した 文庫版は、 こちら )  97年から09年までに行われたインタビュー集。日本のほかアメリカ、中国、ドイツ、フランスなど、世界の編集者や作家から直接受けたインタビュー、およびメールでのやりとりを一冊にまとめたもの。    私だけかもしれないけど、文章にかかわる仕事をしている人であれば、とてもしっくりくる内容ばかりだと思う。書くことに至った経緯、なぜ肉体を鍛えるのか、長編を書くにあたって必要なもの、海外での生活で得たもの、など、村上春樹の本を長らく読んでいる人ほど、うんうんと頷く、そしてそういうことだったのか、とヒザを打つ内容が綴られている。  彼は、いわゆる夜の付き合いをほとんどしない。業界の人々や同業者とも、つるまない。規則正しい生活を送る。そして、カラダを鍛える(主に走ること)。それだけではなく、さらに作家に必要なものとして、「健全な肉体に宿る不健全な魂」を挙げている。それは、彼が考える、長編を書くにあたって必要な要素、という。健全な魂では、文章の中身が健全になりすぎる。不健全な魂があってこそ、心の闇を描ける、ということ、ふむふむ。  いわゆる(使いたくない言葉だが)クリエイターと言われる制作の人にとって、朝までお酒を飲んで朝帰りしたり、大勢で宴会をしたり、ということは、まあ普通だったりする。もちろん作家とはちがい、広告制作などは集団でモノづくりを行うので、そもそも別物でもあるのだが、個人的には村上春樹の考え方、私は賛同。  好きなジャズからの教訓が3つあり、小説に応用しているという。それは、リズム、ハーモニー、そしてインプロヴィゼーション(即興)。確かに、文章はリズムが大切、さらに内容が調和しているか、そして勢いでががーっと書き綴る即興性があってこそ、読者も引き込まれる。  さらにクラシックについて。翻訳について触れているインタビューでは、柴田元幸の翻訳を「バッハの音楽に似ている」と表現する。シンメトリカルというか、どこかで数学的というか。不思議な世界を生み出すけれど、とても理性的(褒め言葉)。でも彼は、物事...

靖国通りにある松岡九段ビルと建築家・内藤廣さん。

今朝は、ものすごい悪天候だった。九段下駅を出て、靖国通りをつらつらと市ヶ谷方面へ。武道館前のあたりは、いちょうのじゅうたんがとてもキレイ! お天気は悪いけど、寒すぎず、過ごしやすく、さらにキレイだなあと思いながら坂道を登りきったところのビル、松岡九段ビルが見えてきた。ここ、 建築家・内藤廣さん のオフィスがはいっているらしい。 一見、普通のビルですが、ずいぶん古くからあるものを、外装パネルで囲ってしまっているそうです。かつての姿は、こんな感じ。 昭和4年建築、当時は「松葉館」と呼ばれていたとか。設計は、横河工務所。現在、窓の位置やサイズなど、一風変わっていますよね。裏側やパネルのすき間から、かつての様子が、チラっと見えるらしいので、今度周辺を見てみようと思う。