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コーヒーは手淹れにかぎる




 「安い豆でも、マシンで淹れるのと、手淹れするのとでは、何倍も味がちがうよ。豆本来の味に近くなるし、なんといっても手淹れだと機械が壊れる心配もない。サーバーを割っても、専用のものじゃなくてもいいから、値段も安いしね」。

  下北沢にいた当時、コーヒー豆焙煎店「モルディブ」で豆を買い求めていた。その店長さんが、サーバーの扱いが荒く、頻繁に割ってしまう私に、こう教えてくれたのがきかっけだった。

 かつては、ブラウンのコーヒーメーカーを使っていた。私のサーバーの扱いが荒すぎて、よく割っていたため、その都度純正サーバーをそのお店で買っていたのだが、安くはないし取り寄せに時間もかかる。正直、嫌気がさしていた。めんどくさいから。

 なるほど。そうか、手淹れにするとたしかに安上がりかもしれない、特に私のような雑な扱いをする者にとっては、かなり助かるしラク。そのアドバイス以来、コーヒーは、いつも手で淹れるようになった。

 手で淹れると、本当に味がぜんぜん違う。プロじゃない私が淹れても、それなりにおいしい。でも、それ以上によかったのは、気分転換の時間が作れるようになったこと。普通のやかんでお湯を沸かし、くるくると円を描きながらお湯を注ぐ。少しづつお湯の高さが低くなっていく。すべて淹れ切らないうちに、またくるくるとお湯を注ぐ。それをじっと見つめる。それが、意外に気持ちの切り替えになる。

 仕事をしていると、モヤモヤと行き詰まることが多い。特に、この仕事をしていると、うまく気分転換をしなければ、大変なことになる。(今はなき土屋耕一さんは、気分転換に手を洗うと書いていた。香りのいいせっけんで、手を洗うそうだ)。
 そういう意味でも、コーヒーを手淹れすることは、仕事にも役立っている。電気代もかからない。今週は仕事で外に出ていることが多かったので、朝多めに淹れて小さなポットに詰め、そのまま持ち歩いていた。

 マシンからサーバーとドリッパーを外して、それを使って手で淹れる。それだけで、だほんとうに、数倍もおいしい。だまされたと思って、ぜひ。

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