スキップしてメイン コンテンツに移動

宮城「かき小屋」冬の東北17


 きょうは、ダイナミックな冬の風物詩、宮城の「かき小屋」です。



●かき小屋の醍醐味はとれたてのかきを好きなだけ満喫できること。大きなスコップで運ばれた殻付きかきを、目の前の鉄板で豪快に焼き上げます。殻を開け、熱々をつるつるっといただくと、ミルキーで濃厚な味わいが口いっぱいに広がります。宮城県沿岸部の各地で3月上旬まで、産地ならではの贅沢な味覚が楽しめます。

 このビジュアル、ものすごい大胆な様子ですよね。私は、テーブルにスコップというビジュアルに、度肝を抜かれました。スコップで?? どういう様子なんだろう?と。殻付きのまま鉄板にざざーっとに載せて、それをはふはふ食べる、ということなのでしょうね。
 殻付き牡蠣焼きの食べ放題が、ひとり¥2,000ぐらい。安っ! この値段、好きな方にはたまらないでしょう。期間はおよそ3月3日ぐらいまでだそうなので、それを目当てにグループで行ってみるというのも、ありですよ。
 上記のリンク先のほかにも、いろいろあるようですので、行かれる際には少し調べてみるともっとスゴイ「かき小屋」があるかもですよ。


 さあ、いよいよ残り2日間となった、どーもくんとの卓球対決。今日は、完敗。どういうことだ。単に、私がお酒飲んで酔った状態でチャレンジしたせいだと思うのですが、あまりに残念。。





【ほっこり東北の冬】NHKネットクラブキャンペーン
「どーもくんと対戦!温泉卓球ゲーム」。
※上記は、仕事で関わったサイトです。(会員登録が必要。無料)。2月15日(金)まで。会員登録後、どーもくんとの温泉卓球ゲームの対戦をしたあとに、『東北ほっこり情報』を読むことができます。ぜひチャレンジを。

コメント

このブログの人気の投稿

作家に必要なのは、健全な肉体に宿る不健全な魂。村上春樹

 これは、 「夢を観るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集 1997年ー2009年」村上春樹(文藝春秋)の中の言葉。 ( 2011年6月に行われた最新インタビューのオリジナル収録した 文庫版は、 こちら )  97年から09年までに行われたインタビュー集。日本のほかアメリカ、中国、ドイツ、フランスなど、世界の編集者や作家から直接受けたインタビュー、およびメールでのやりとりを一冊にまとめたもの。    私だけかもしれないけど、文章にかかわる仕事をしている人であれば、とてもしっくりくる内容ばかりだと思う。書くことに至った経緯、なぜ肉体を鍛えるのか、長編を書くにあたって必要なもの、海外での生活で得たもの、など、村上春樹の本を長らく読んでいる人ほど、うんうんと頷く、そしてそういうことだったのか、とヒザを打つ内容が綴られている。  彼は、いわゆる夜の付き合いをほとんどしない。業界の人々や同業者とも、つるまない。規則正しい生活を送る。そして、カラダを鍛える(主に走ること)。それだけではなく、さらに作家に必要なものとして、「健全な肉体に宿る不健全な魂」を挙げている。それは、彼が考える、長編を書くにあたって必要な要素、という。健全な魂では、文章の中身が健全になりすぎる。不健全な魂があってこそ、心の闇を描ける、ということ、ふむふむ。  いわゆる(使いたくない言葉だが)クリエイターと言われる制作の人にとって、朝までお酒を飲んで朝帰りしたり、大勢で宴会をしたり、ということは、まあ普通だったりする。もちろん作家とはちがい、広告制作などは集団でモノづくりを行うので、そもそも別物でもあるのだが、個人的には村上春樹の考え方、私は賛同。  好きなジャズからの教訓が3つあり、小説に応用しているという。それは、リズム、ハーモニー、そしてインプロヴィゼーション(即興)。確かに、文章はリズムが大切、さらに内容が調和しているか、そして勢いでががーっと書き綴る即興性があってこそ、読者も引き込まれる。  さらにクラシックについて。翻訳について触れているインタビューでは、柴田元幸の翻訳を「バッハの音楽に似ている」と表現する。シンメトリカルというか、どこかで数学的というか。不思議な世界を生み出すけれど、とても理性的(褒め言葉)。でも彼は、物事...

靖国通りにある松岡九段ビルと建築家・内藤廣さん。

今朝は、ものすごい悪天候だった。九段下駅を出て、靖国通りをつらつらと市ヶ谷方面へ。武道館前のあたりは、いちょうのじゅうたんがとてもキレイ! お天気は悪いけど、寒すぎず、過ごしやすく、さらにキレイだなあと思いながら坂道を登りきったところのビル、松岡九段ビルが見えてきた。ここ、 建築家・内藤廣さん のオフィスがはいっているらしい。 一見、普通のビルですが、ずいぶん古くからあるものを、外装パネルで囲ってしまっているそうです。かつての姿は、こんな感じ。 昭和4年建築、当時は「松葉館」と呼ばれていたとか。設計は、横河工務所。現在、窓の位置やサイズなど、一風変わっていますよね。裏側やパネルのすき間から、かつての様子が、チラっと見えるらしいので、今度周辺を見てみようと思う。