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今度は活版の名刺(1)


 活版で名刺を一度作ってみたいと思い、ずっと気になっていたのだった。私のまわりは、名刺なんてキンコーズでいいよ、とか、活版高いしやめといたら?とか、名刺で仕事こないってば、などなど、まったくもって口の悪い人ばかり。でも、一度やってみたかったのですよ。

 で、重い腰をあげ、電話。まずは、比較的近所の印刷屋さんへ。


 電話でざっくりと話をきき、紙質や書体のこともあるので、自転車で直接行ってみると、家族でやっているような印刷屋さん。おかあさんらしき方が、なにか書類を整理をされていた。

 息子さんとお話をしてみた。紙は風合いのあるもののほうが、ぼこぼこ感がよく出る。イラレで組んだデータとアウトライン化したものをメールしてくれたら、2〜3日で仕上がる、とか。けっこう早い。値段も、まだ良心的。でも、そこの事務所、タバコくさい。しんどかったわ。

 そして次に電話したのは、隅田川を越えてすぐのところにある活版印刷屋さん。
有限会社 弘陽
東京都中央区湊2-7-5
tel 03-3553-1750

活版専門らしい。ここの方は、高校で指導もされているそうだ。聞くと、紙代がかからないという、うれしいじゃないですか。特に指定がないなら、在庫している紙何種類かで刷ってくれるという。組版してくれるし、データ持ち込みにも対応していて、値段が変わらないという。ここにお願いしようかな。データを持ち込まなくていいのが、ラク。ただ、あとから増刷する場合はどうなるのか、聞き忘れてしまった。まあたぶん、できるでしょ。

 依頼してから仕上がりまでは、1週間〜10日間程度。機械や活字がいっぱいの工房、うかがうのがとても楽しみ。来週、お天気のいい日に、自転車で行こう。

→ 「今度は活版の名刺(2)」へ

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