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山形・月山志津温泉「雪旅籠の灯り」冬の東北16


 きょうの冬の東北の楽しみ方は、山形・月山志津温泉「雪旅籠(ゆきはたご)の灯り」。2013年の開催予定:222(金)〜33(日)



●山志津温泉は、例年積雪量が6mを超える豪雪地帯にあります。江戸時代、出羽三山参りに来る人たちの宿場町として栄えました。自然に積もった雪を掘り込んで当時の旅館をかたどり、雪の灯籠で町並みを再現。囲炉裏や二階建ての旅籠(はたご)、雪と氷で作られた「バー」など、魅惑的な世界が温泉街にあらわれます。

 古くから出羽三山詣での宿坊が立ち並び、多くの参拝者でにぎわったといわれる、月山志津温泉。積雪量6m超って、すごいですよ。私が生まれた北海道でも、内陸側でなければそんなに積もりません。

 ところで「旅籠(はたご)」とは。江戸時代に旅人を宿泊させてお料理を提供した宿のことだそうで。お江戸小説などに慣れ親しんだ方なら、ご存知でしょう。(私は知らなかった。。)。江戸時代の宿場町を再現する、しかも雪で。なんとも、ロマンチック。

 それもステキなんですが、私が気になっているのが、バーの存在。





 雪と氷にLEDを使って幻想空間を作り、そこではホットワインを提供しているとか。気になる。行ってみたい。



 さて。15日(金)正午までの対決となった、どーもくんとの卓球。もうすっかり、あきらめモードです。勝てないっ。





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「どーもくんと対戦!温泉卓球ゲーム」。
※上記は、仕事で関わったサイトです。(会員登録が必要。無料)。2月15日(金)まで。会員登録後、どーもくんとの温泉卓球ゲームの対戦をしたあとに、『東北ほっこり情報』を読むことができます。ぜひチャレンジを。

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